近年のヴィーガニズム(完全菜食主義)とベジタリアニズム(菜食主義)ブームは加速度を増し、植物由来のチキンナゲットやバーガーをこぞってテスト販売するファストフード業界の動きも著しい。
このブームの背景には、健康効果、動物保護はもちろん、畜産動物が温室効果の高いメタンガスを多く排出することによる環境問題に取り組むという理由もある。
オーストラリアに住むある女性も10年間ベジタリアン生活を続けていた。だが第3子の妊娠をきっかけにして、そのライフスタイルが大きく変化した。
妊娠中に食べた1個のハンバーガーがきっかけとなり、再び肉食生活に戻るだけでなく、現在は農場と肉屋を経営しているという。
3児の母、妊娠中に食べたハンバーガーで肉食に戻る
オーストラリアのビクトリア州に暮らすタミ・ジョナスさん(49歳)がベジタリアニズム(菜食主義)に目覚めたのは、19歳の時にピーター・シンガー著の倫理学書『動物の解放』を読んだことがきっかけだった。
動物が畜産業界で残酷に取り扱われていることに嫌悪感を覚え、動物の権利についても大きな興味を持ったタミさんは、以降厳格なベジタリアンになった。
しかし、第3子を妊娠中に過去2回の妊娠にはなかった重度の貧血に見舞われた。
お腹の胎児のために、じゅうぶんなたんぱく質を摂取する必要があると思ったタミさんは、ある日、職場で漠然と「バーガーを食べればこの貧血は治るかもしれない」と思った。
そしてバーガーを1個口にしたことで、ベジタリアンから再びの肉食主義へとライフスタイルが大きく変わることになった。
肉食主義者に転向した後、農場と肉屋を経営
それからタミさんは、3人目を妊娠中は週に1度のペースで赤身の肉、つまり牛肉や羊肉を好んで食べるようになった。しかし、豚肉や鶏肉を口にするまでは数年かかったという。
彼女は倫理的な考えからベジタリアンになったが、10年後に再び肉食主義に戻ったことについて、タミさんはこのように話している。
食物のために、動物の命を奪うことは不道徳だとは思いませんでした。私は、常に食物連鎖の中の自分の位置に満足しています。
でも、動物を残酷に扱ったり、外に出させて新鮮な空気を吸わせることを禁じたり、狭い小屋に多くの家畜と押し込めたりするのは不道徳だと思います。
その後、タミさんは子育てをしながら夫スチュアートさんと動物の扱い方について研究し、動物を適切かつ倫理的に扱うことに焦点をあて、小規模ではあるがJonai Farms and Meatsmithsという農場と肉屋を経営することを決心した。
もともとアメリカのオレゴン州の農家で育ったタミさん。間近で家畜業を経験していたこともあって、90年代に移住したオーストラリアでの農業には、さほど抵抗はなかったようだ。
「動物を殺害することが悪い」という線引きはしない
現在、経営8年目になるタミさんの農場では、豚をメインに小さな群れの牛が飼育されている。
そしてそれらの家畜は屠殺され、肉はタミさんの地域支援型援農業(CSA)の農場から、およそ80世帯に提供されている。
しかし、いずれの家畜も結局は殺されるまでが自由なだけであるため、どうしても動物の命を奪うという道徳的問題が疑問視されることになる。
その点について、タミさんは次のように話している。
一部の人は、動物を殺害することが悪いという線引きをしますが、私はそのようには考えていません。
動物が(死ぬまで)良い生活を送ることができれば、消費のために動物を殺すことは非倫理的ではないと思うからです。
私が肉を再び食べるようになった時、「体が必要としていたものを口にすると健康的だ」と思えました。
ただ、その肉がどのような形で処理されたのかということには、いつも気にかけていました。そして自分が農場と肉屋を経営するようになった時には、すぐに豚の飼育から始めました。というのも、豚は特に畜産業界で扱われ方が酷いと聞いていたからです。
私は自分の農場では、消費者が倫理的な選択肢を選ぶことができる場を提供したいと思っています。
環境のために持続可能な畜産経営を目指す
再び肉を食べるようになったというだけでなく、自ら肉を生産するというライフスタイルの大きな変化を起こしたタミさん。彼女の畜産経営のポリシーは、あくまでも持続可能であることと、家畜に敬意を払うことだ。屠殺される豚のストレスを少しでも軽減するため、これから死が訪れることを豚に悟られないようにし、恐れと痛みを感じることなく処理することが、「肉食主義者にとって最も正当化された方法」だとタミさんは語っている。そして敬意をもって「命いただきます」とおいしく食べることも。
現在もベジタリアニズムをサポートし続けているタミさんは、ブームになっている植物由来の製品についても大いに称賛しているが、タミさんの望みは「有限の惑星で食べ物を得る最良の方法」を見つけることであり、自身の経営する農場が少なくとも気候変動の逆転もしくは緩和に繋がると主張している。