「児童虐待かも…?」気がかりなとき、「近所の人」としてできること
親などから虐待を受け、幼い子どもが怪我を負ったり命を落としたりする悲しい事件が連日のように報道されている。児童相談所(以下、児相)への児童虐待に関する
相談対応件数は増加傾向にあり、平成30年度では約16万件(速報値)に上った。
児相に寄せられた虐待相談の経路は、平成30年度では「近隣・知人」(13%)が「警察等」(50%)に次いで多くなっている。しかしいざ自分が近所の家庭から不穏な気配を感じても、「通告していいのかどうか」「間違いだったら悪い」等と迷ってしまわないだろうか。
また、逆に自分が子育て中の身だとして、我が子が必要以上に泣き叫び、「近所の人に虐待を疑われて通告されるのでは……」と追い詰められたような気持ちになることも、あるかもしれない。
そもそも私たちは児童虐待についても、児童相談所についても、よく知らない。児童虐待防止の観点から近隣住民にはどういったことが望まれるのか。児童虐待防止の市民運動“オレンジリボン運動”を実施している認定特定非営利活動法人・児童虐待防止全国ネットワークで理事長を務める吉田恒雄氏に話を伺った。
求められるのは、子どもの気持ちに共感して聞く姿勢
児童虐待の疑いがある場合、国民には“通告義務”が課されている。児童相談所虐待対応ダイヤル『189(いちはやく)』に電話をかけ、情報を提供するのだ。しかし実は、「途中で切ってしまうケース」がとても多いのだという。
吉田氏「児童相談所虐待対応ダイヤル『189(いちはやく)』に電話しても、『本当に児童虐待があったかわからないし』とか、『電話したことが知られたらどうしよう』などの理由から、相談員につながる前に切れてしまうケースが多いのです。 2019年12月3日から『189』を無料で利用できるようになり、虐待通告電話のハードルが少し下がりました。もちろん、通告した人の秘密は守られますし、間違った通告をしてもその責任を問われることはありません」
では、児童虐待の疑いに気づいた時、すぐに通告すれば良いのかというと、一概にそうとは言えないのだという。たしかに、命の危険が迫っていたり、重大な被害が生じているケースでは迅速な対応が必要だが、虐待被害に遭っている児童に「警察や児相に相談しよう」と提案しても、児童がそれを拒むこともあるというのだ。
吉田氏「虐待被害児童は、通告したことで家族と離れ離れになったり、親が罰せられたり……といった可能性を考えてしまい、どうして良いかわからず悩むことも少なくありません。 もし児童の虐待被害に気づいたら、あるいは児童から相談を受けたら、いきなり通告するのではなく、まずしっかりと聞くことです。焦って行動を急かしてはいけません。 また、仮に児童から相談を受けたとして、その児童に黙って勝手に通告すると信頼関係が崩れてしまいます。そうすると今度は児童が他人への信頼感を失い、その後のサポートがスムーズに行われない恐れがあることを留意してほしいと思います」
子どもから虐待被害を明かされた時に求められる聞き手の姿勢は、「子どもを信じる」ことだ。
吉田氏「児童虐待被害の相談を受けた時に『本当?』『親はちょっとカッとなっただけじゃない?』と疑ってかかるような言動は慎んでもらいたい。まずは子どもを信じ、共感して、子どもの話にしっかりと耳を傾けることが大切です」
中には、子どもが注意を引きために事実とは異なることを言うケースもある。しかし子どもがそうすることには、必ず理由がある。
吉田氏「話を聞き進めていくと、子どもが抱える様々な問題が見えてきますので、理解し難い内容であっても子どもと向き合い傾聴することがとても重要なのです。
特に性的虐待の被害に遭っている子どもからの相談は非常に繊細であり、こちら側が少しでも猜疑心をのぞかせてしまうと『やっぱりいいです』と心のシャッターを閉じてしまいかねないことになる。
親に虐待されていると告白することは、子どもにとってとても勇気がいることです。勇気を振り絞って告白しているのです。まずは子どもが話してくれたことをほめ、力になってくれる人がいることを伝え、そのチャンスを生かし、助けられる子どもをしっかり助けていかなければいけません」
「虐待があったから引き離して解決」ではない
児童虐待防止のために、虐待のおそれのある家庭を住民が自主的に見回ろうという声も聞かれる。だが近隣住民ができることは限られており、プライバシーの問題もあることから、過度の介入は望ましくない。
吉田氏「そういった活動をするよりは、日常生活を送る中で子どもを気にかけて欲しいと思います。近所の子どもとすれ違った時に『こんにちは』と挨拶をしたり、子どもの様子に注意しておくことが大事です。
子どもは人から気にかけてもらえることを嬉しく思うでしょうし、『何かあった時に助けてもらえるかも』と地域社会に対する信頼感を育むことができ、苦しさやつらさを1人で抱え込むリスクを減らすことができます」
地域の視点としては、虐待の気配があるとしても、その家庭に偏見を向けないことも重要だ。子どもを保護すれば終わり、ではない。吉田氏は児相が人手不足であることは理解しているとしながらも、親子を助けるための支援が足りていないことに忸怩たる思いを抱えているという。
吉田氏「児相は本来、社会資源を活用し、子育て家庭の状況改善を図るケースワーク的なの役割を担う組織です。児童虐待は、『金銭面での困窮』『親が孤立している』などの問題と関係していることもあり、そういった家庭を福祉機関や保健・医療機関、学校などに繋げることが重要です」
しかし、残酷な虐待死事件が相次いで大きく報道された影響もあるのだろうか。吉田氏は「ここ最近の児相には、親子を引き離す“介入”を強化することが期待されすぎている」と見ている。
吉田氏「『子どもを親から引き離す』ことも大切ではありますが、引き離しただけでは問題は解決しません。子どもや親へのさまざまな支援を行い、親子が再統合できるよう支援していくことが、もっと重視されるべき目標です。『保護して終わり』にならないような組織作りが求められます」
冒頭記したように、児相への虐待相談件数は膨れ上がっている。しかし例えば東京都の児相は11箇所しかなく、それぞれ受け持つ件数が多いため職員の負担は大きく、各案件に丁寧に対応することが困難だという問題もある。厚生労働省は児童福祉司の増員を進めてはいるが、それでもまず人数が足りない。
警察や学校との連携、そして吉田氏が提起するように親の抱える問題を解消するための福祉等さまざまな機関との連携は、個別の事案を丁寧に扱わなければ難しいだろう。児相に丸投げするのではなく、国を挙げての抜本的な組織改革が望まれる。
吉田 恒雄(よしだ・つねお)認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク理事長、駿河台大学名誉教授。専門分野:民法(家族法)、児童福祉法 著書:『児童虐待への介入-その制度と法-』(編著、尚学社)、『日本の児童虐待防止法的対応資料集成』(編著、明石書店)等 社会的活動:厚生労働省社会保障審議会児童部会児童虐待の防止に関する専門委員会委員、日本子ども虐待防止学会理事等を歴任。