花粉症治療薬が保険適用外になっても大丈夫か?
花粉症は、春だけのものではない。春はスギやヒノキなどの花粉によって引き起こされるが、秋は空き地などに繁殖する雑草、ブタクサ、ヨモギなど、キク科やイネ科の花粉に起因する花粉症が多くみられる。これらの草が開花期を迎える9~11月が、秋の花粉症シーズンだ。
さらに、秋は花粉以外にも症状を引き起こすアレルゲンがある。ダニの死骸やフン、カビなどが含まれているハウスダストだ。ダニは夏に繁殖し秋に死んでしまうため、ダニの死骸やフンが増加・蓄積し、ハウスダストとなって花粉症の原因となる。
花粉症治療薬を保険外にすれば、年間約597億円の医療費削減効果
そんななか、憂鬱なニュースが報じられた。8月23日、健康保険組合連合会(健保連)の幸野庄司理事は厚生労働省で会見し、医療機関で処方される花粉症治療薬のうち、市販のOTC薬(一般用医薬品)で代用できる治療薬については、公的医療保険の適用から外すべきだと提言したのだ。幸野氏は「財政が厳しくなるなかで、一定の痛みを伴う改革が必要だ」として理解を求めた。
発表によれば、健保連は国民の1割強を占める健保連加盟保険者のレセプトデータ(2016~18年)を解析。その結果、花粉症治療薬の処方のうち、OTC類似薬を処方している割合が11.2%、1回の処方で1種類のOTC類似薬を処方している割合が88.3%を占めたという。
厚労省によると、16年度の国民医療費は42兆1381億円で、国民1人当たり33万2000円。年齢別では、65歳以上が25兆1584億円(59.7%)。 また、全体のおよそ2割を薬剤費が占める。薬剤費は高齢化による薬剤使用量の増加、高額な新薬の登場によって医療費の伸び率を上回るペースで増加している。医療費は1~3割が患者の自己負担だが、残りは公費や保険料で賄われる。高齢化や医療の高度化によって医療費の増加は続く。国民皆保険制度を維持するためには、保険適用範囲の見直しが不可欠になる。
近年、花粉症治療薬は、医師が処方する医療用薬から転用した「アレグラ」(久光製薬)や「アレジオン」(エスエス製薬)など、第2世代抗ヒスタミン薬と呼ばれるOTC薬が普及し、薬局やドラッグストアで購入する患者が増加している。
花粉症処方薬の場合は、薬代に加え、医療機関に払う初診料や薬局に払う調剤料がかかる。したがって、健保連の分析によれば、花粉症治療薬はドラッグストアなどでOTC薬を購入する場合と、医療機関で類似薬を処方してもらった場合で、患者負担にはほとんど差がないとしている。
8月23日付日本経済新聞によれば、「アレグラ」14日分を医療機関で受け取る場合、自己負担3割の患者にかかる費用は、薬代482円のほか、医療機関に支払う初診料や薬局に支払う調剤料が1500円以上かかり、総額は2003円(税込、以下同)。一方、OTC薬の場合は1554~2036円で、OTC薬のほうが安くなるケースもあり、高い場合でも差額は33円程度という。また、「アレジオン」24日分を医療機関で受け取る場合、自己負担3割の患者にかかる費用は総額2210円だが、OTC薬は2138~3866円だ。
軽症の患者が花粉症薬を処方してもらうために医療機関を受診すれば、医療費が膨らみ企業健保の財政を圧迫する。財政が厳しくなれば保険料が上がり、患者の負担増につながる。これが、健保連がOTC薬を活用する意義を強調する根拠だ。
健保連のレセプトデータ(121組合/約2億8000万件)を基に全国民の薬剤費削減効果を推計したデータによれば、市販のOTC薬と同成分の花粉症処方薬を公的医療保険の適用から外せば、最大で年間およそ597億円の医療費削減効果が生じる。1種類だけの処方で済む軽症対象に限って保険適用を除外しても、およそ36億円の節減効果が見込めるという。
ちなみに、OTC薬(第2世代抗ヒスタミン薬)は「アレグラ」「アレジオン」のほか、「ザイザル」「タリオン」「ディレグラ」「レミカット」「アレロック」「クラリチン」「ザジテン」「セルテクト」「ゼスラン」「ジルテック」「エバステル」などがあり、いずれも薬局やドラッグストアで購入できる。
自己判断で症状悪化や副作用の懸念
健保連の提言した薬剤費改革案。その根拠も、それなりに検証可能。各健保組合の財政が急速に悪化しているなか、この提言は一定の説得力を持つ。公的医療保険の適用外とすることに対して、「顧客が拡大する」(ドラッグストア関係者)と歓迎する声もある。
一方、家計負担が増加する、花粉症患者が医療機関に行かなくなれば、症状を自己判断するリスクが高まるといった、否定的な指摘もある。インターネット上では、さまざまな批判や懸念のコメントが絶えない。
都内の病院に勤務するある薬剤師は、安易に保険適用外とすることに懸念を示す。
「医療用医薬品として用いられた成分が、そのままOTC薬に転換された医薬品を『スイッチOTC医薬品』といいますが、この分野の医薬品は、解熱鎮痛剤のイブプロフェン、消炎剤のインドメタシンをはじめ、胃腸薬、鎮痛剤、水虫薬、アレルギー用薬など、非常に幅広いものになっています。花粉症治療薬が保険適用外となれば、雪崩を打ったように次から次へと保険適用外の薬剤が出てこないか心配です」
さらに、薬の副作用などの危険についても危惧する。
「本当に必要な患者に処方できなくなったり、素人判断で市販薬を服用することで、症状が悪化するようなことも起きる恐れがあります。花粉症治療薬のなかには、急激に眠くなる薬もあります。気軽にドラッグストアで購入して、十分な説明も受けないまま服用し、自動車を運転して事故を起こすなども考えられます。また、処方薬であれば調剤薬局で『お薬手帳』にしっかりと処方された薬の記録が残されますが、市販薬の記録は忘れられがちです。思わぬ薬剤相互作用で重篤な副作用が出てしまう可能性が高まります」
健保連はデータの試算結果を盾にしながら、身近な花粉症治療薬の損得や利害を持ち出し、保険適用除外(自己負担率引き上げ)を進めようとしている。加えて、9月に入り、後期高齢者(75歳以上)の医療費の自己負担額を、今の1割から2割に引き上げる政策提言を発表した。花粉症治療薬の保険適用除外も十分に議論されないうちに、今度は後期高齢者がターゲットにされた格好だ。
国民皆保険制度を維持するためには、給付と負担のバランスを取るよう進めていくしかないとする健保連の提案は、継続的に十分に議論されなければならない。