貧困家庭や児童虐待をめぐる社会問題が大きくクローズアップされるようになって久しい。困難な状況下にいる子どもが、安心して頼れる大人の不在により、社会的に「孤立」することもある。 学校や医療など公的支援期間と疎遠になり孤立してしまうと、その後のライフプランに大きな影を落とす。孤立までいかなくとも、安心して相談できる相手が周囲に見つからない子どもは、どれだけ不安だろうか。
これを家庭内の問題ではなく「社会の」問題として捉え、解決に向け具体的な活動をしている団体がある。2016年に設立された「認定NPO法人PIECES(ピーシーズ)」では、地域社会で孤立した子どもの日常に寄り添い、「信頼できる他者」たる市民支援者(旧:コミュニティーユースワーカー)を育成する仕組みを広げる活動をしている。
では、子どもにとって「信頼できる他者」とはどんな大人なのだろう?「PIECES」代表理事を務める児童精神科医の小澤いぶき氏に、PIECESが大切にしている子どもとの接し方、市民支援者の育成方法について話を伺った。
小澤いぶき 認定NPO法人PIECES代表理事/Co-Founder 東京大学医学系研究科 客員研究員/児童精神科医精神科医を経て、児童精神科医として複数の病院で勤務。トラウマ臨床、虐待臨床、発達障害臨床を専門として臨床に携わり、多数の自治体のアドバイザーを務める。さいたま市の子育てインクルーシブモデル立ち上げ・プログラム開発に参画。 2016年、ボストンのFish Family Foundationのプログラムの4名に推薦されリーダーシップ研修を受講。2017年3月、世界各国のリーダーが集まるザルツブルグカンファレンスに招待、子どものウェルビーイング達成に向けたザルツブルグステイトメント作成に参画。
子どもたちを「貧困の子」「助けなきゃいけない存在」として見ない
――まず、孤立している子どもには、どのような背景があるのでしょう?
小澤:必ずしもその背景があることが、孤立につながる訳ではないことを前提にしていただきたいのですが、例えば、家庭自体が地域から孤立している場合。あるいは、学校とうまくマッチせず、ほかに学ぶ環境がなく、社会からも孤立している場合。中退などにより、学校との繋がりが途絶えてしまった場合など。家庭や学校に居場所がなく、彼らを支える地域のつながりも持ちにくいことが多く、地域からも孤立してしまう可能性があります。
――PIECESでは市民支援者を育成し、地域と子どもを結びつける役割を担っていらっしゃいますよね。PIECESホームページにある動画で、小澤さんがは「子どもを社会を構成する一人の人として尊重し、そしてそのことこそが守ることにつながるのではないか」と語っていて、印象的でした。
小澤:市民支援者は、その子が抱える「困難さ」だけに目を向けるのではなく、あくまでも子どもを「ひとりの人」と して接し、お互い尊重し合える関係を一緒に築いていくこと が大切だと思っています。
――実際には「支援」しているのだから、矛盾していると言う人もいるかもしれません。
小澤:なぜ、「子どものために」ではなく「子どもと一緒に」を大事にしているのかというと、「貧困の子」「助けなきゃいけない存在」という視点で子どものことを見た途端、彼らの持つ多様性や複雑な豊かさが見えなくなってしまうからです。
困難やしんどさを抱えている子でも興味や関心ごとはあります。たとえば、貧困家庭の子どもでもゲームが好きだったりしますよね。大人が勝手に「貧困だからこうだ」と、その子の人間像を決めつけてしまうのではなく、ひとりひとりに寄り添っていきたいと 、私たちは考えています。
――それは、我々メディアももっと強く意識しなければいけないことですね。
小澤:市民支援者が子どもに対して、「ひとりの人として尊重すること」を心がけることで、子どもは「この人は自分を勝手に判断しない」「価値観を押し付けない」「安心して困りごとや悩みごとを話していい」と思えるようになり、心を開きやすくなります。
そして子どもは、大人に好きなことや、悩みごとを話した結果、自分の周りにさらにつながりができ、自分の望みが叶うという体験をすることができます。自分の好きなことがちゃんと形になる、自分の手で自分の未来をつくっていけるような体験をすることも、子どもの成長には重要です。
――自己肯定感の育成において、非常に大切なステップですね。
小澤:そうですね。それに加えて、大人が子どもを「ひとりの人」だと意識して接することによって、子どもたちは自分の持っている感情にも気づきやすくなっていきます。たとえば自分の中にある複雑な気持ち。「辛いことが多いけど、これをしているときは嬉しい」といった感情に、子ども自身が気づいていけることを大切にしたいと思っています。
「市民支援者」になるには 6カ月の育成プログラム
――市民支援者は子どもの“専門家”ではなく、いわゆる一般市民の方々ですよね。そのほうが、子どもとの「尊重し合える関係」を築きやすかったりするのでしょうか。
小澤:市民支援者の方々は、 6カ月の育成プログラムを受けますが、子どもの専門家ではありません。しかし、非専門家だからこそ「ひとりの人としてお互いに関わる」ことがしやすくなります。また、学校の先生とは違い「利害関係のない大人」のため、子どもとフラットな関係性を築くことができます。
――市民支援者の育成プログラムでは、どのようなことを行うのですか。
小澤:育成プログラムは6カ月間で、プログラム内容は、「講座」「現場実践」「ゼミ」の3つです。「講座」は、6カ月間の中で月に一度集まってもらい、子どもの発達を学んだり、 「子どもの生きづらさ」をテーマに実践者や当事者の方の話を聞く機会を設けています。
一週間に一度か二週間に一度、その人のペースで、実際に子どもと関わってもらうのが「 現場実践」で、月に一度の「ゼミ」では、この「現場実践」についてPIECESメンバーやメンターとともにリフレクション( 内省的な振り返り)を繰り返します。
プログラム全体を通して、市民支援者は自分の子どもへの関わり方は、「本当に子どもの願いを聞けているのか」「子どもにとってよいのか」を考えます。同時に、自分自身の子どもへの関わり方の背景にある価値観や願いや気持ちを徹底的に振り返って知る、自己覚知を行います。その上で、子どもという他者をきちんと想像するためのマインドセット(考え方の枠組み)をつく ります。
――プログラムを受けた市民支援者は、子どもたちとどういった場所で交流をするのでしょうか?
小澤: 出会う場所、出会い方は子どもたち一人ひとりの状況によって様々です。たとえば、自分から外に出向くことが苦手な場合には、行政機関の方々と一緒に家庭訪問します。あるいは、地域の古民家をお借りしたり、企業の空きスペースをお借りして、食事やゲーム、創作活動を一緒にするなどしています。
――市民支援者がどの子どもを担当するかは、どうやって決めていくのでしょうか?
小澤:基本的に、子どもひとりに対して市民支援者ひとりを担当としてつけるような マッチングはしていません。ひとりの子に複数の市民支援者が関わるなどをしながら少しずつ、この子が心を開きやすいのは誰か 、相性はどうかと、探りながら何人かの市民支援者とつながって いきます。
――最後に、 PIECESは今後、どのような活動を目指していますか。
小澤:PIECES 設立当初は、都内で市民支援者の育成、育成した市民支援者の方が地域で子どもたちと関わるための仕組みづく りを行ってきました。 現在は、市民支援者育成プログラムの全国展開を目指しているところです。
現在の活動場所は、東京および水戸ですが、それぞれの地域によって事情が異なります。そのため、私たちがただプログラムを地域に持ち込むのではなく、地域の人たちと思いを共有し、その地域特有のプログラムを整えていくほうが好ましいと考え、チャレンジの真っ最中です。
ゆくゆくは、親御さん向けの研修や大人が学ぶためのコミュニティなど、子どもと寄り添う大人たちがつながり、学び合える環境 をつく っていきたいですね。
※ PIECESへの寄付はこちらから受け付けています