「若年性アルツハイマーになりやすい一族なのに70代まで発症しなかった女性」から新たな治療法が見つかる可能性
アルツハイマー病は認知機能の低下や人格の変化などの症状を伴う病気で、多くの研究者らが治療法を探して研究を続けていますが、有効な治療法は確立されていません。そんな中、血のつながる6000人近い人々が若年性アルツハイマー病を発症する「若年性アルツハイマー病になりやすい遺伝子変異を持つ一族」でありながら、70代になるまでアルツハイマー病にならなかった女性が発見され、新たな治療法を見つける鍵になると注目されています。
Resistance to autosomal dominant Alzheimer’s disease in an APOE3 Christchurch homozygote: a case report | Nature Medicine
https://www.nature.com/articles/s41591-019-0611-3
Why Didn’t She Get Alzheimer’s? The Answer Could Hold a Key to Fighting the Disease - The New York Times
https://www.nytimes.com/2019/11/04/health/alzheimers-treatment-genetics.html
コロンビアのメデジン郊外にある山村に住む一族は、「若年性アルツハイマーになりやすい」非常にまれな遺伝子変異を持っており、家系のつながっている6000人近くの人々が若年性アルツハイマーを発症しています。この家系では、一般的に40代になると記憶や思考能力に問題が生じ始め、60歳頃になると急速に悪化して死に至るとのこと。
この家系のアルツハイマー患者は特定の原因と一貫した発症パターンを持っているため、専門家らはこの家系を調査することでアルツハイマー病の治療に役立つヒントを得ようと、長年にわたって調査を続けてきました。研究の過程では、この一族が若年性アルツハイマーになりやすい原因が、アルツハイマー病に関連する病因遺伝子である
プレセニリン1という遺伝子の変異にあることも判明しています。
そんな中、この若年性アルツハイマーになりやすい一族の血を引きながら、70代になるまでアルツハイマー病になっていない一人の女性が発見されました。この女性は一族の他の人間と同様にプレセニリン1の遺伝子変異を持ち、本来であればとっくにアルツハイマー病になっているばかりか、死亡していてもおかしくない年齢でした。ところが、この女性には発見当時、アルツハイマー病の軽度の兆候すらなかったそうです。
この女性に対して脳スキャンやその他の検査を行うため、女性はアルツハイマー病の研究拠点があるボストンへと招待されました。女性の脳を検査した結果、脳にはアルツハイマー病の顕著な特徴である
アミロイドというタンパク質の蓄積が見られ、やはり本来であればアルツハイマー病になっているはずだと診断されたそうです。
マサチューセッツ総合病院でアルツハイマー病の研究を行っているYakeel Quiroz氏は、女性の検査結果が非常に不可解だったと証言しています。「私たちがこれまでに見た中で、最高レベルのアミロイドが蓄積されていました」とQuiroz氏は語りました。この理由についてQuiroz氏は、本来であればアルツハイマー病で亡くなっているはずの年齢まで女性が生きたため、他のアルツハイマー患者よりも多くのアミロイドが蓄積したのかもしれないと考えているとのこと。
しかし、女性の脳にアミロイドが大量に蓄積していたにもかかわらず、女性は認知に問題を生じていませんでした。また、アミロイドと同様にアルツハイマー病と関連しているとみられている、異常にリン酸化した
タウタンパク質がほとんど確認されず、神経の変性や脳の萎縮もみられませんでした。
「彼女の脳は非常によく機能していました。45歳から50歳の人と比べても、彼女の脳は優れていました」とQuiroz氏は述べています。一方、女性は1年しか教育を受けていないため読み書きがほとんどできず、認知機能が保護されたのは高度な読み書きによる認知的刺激のためでもないそうです。
Quiroz氏は、夫でありハーバード大学医学部准教授の細胞生物学者でもあるJoseph Arboleda-Velasquez氏に相談し、女性の遺伝子配列についての分析を行いました。その結果、女性はアルツハイマー病のリスクと関連しているといわれる、
アポリポタンパク質E(APOE)遺伝子に突然変異を持っていることが判明したとのこと。
2つで1組の遺伝子型を構成するAPOE遺伝子にはいくつかの種類があり、問題の女性が有していたのは「APOE3」と呼ばれるAPOE遺伝子が2つでした。さらに、この女性が持つ2つのAPOE3遺伝子の両方に、「Christchurch」と呼ばれる、この変異が発見されたニュージーランドの都市に由来する名称の遺伝子変異がみられたそうです。
過去の調査でも、女性が属する若年性アルツハイマーになりやすい一族の中から、APOE遺伝子の片方にChristchurch変異を持つグループが見つかっていました。ところが、このグループも他の人々と同様に若年性アルツハイマーを発症し、今回の調査対象となった女性のように、アルツハイマー病にならないわけではありませんでした。Arboleda-Velasquez氏は、女性が持つChristchurch変異が1つだけでなく、遺伝子型を構成する2つともが遺伝子変異していたという点が、今回の結果をもたらしたと考えています。
女性がAPOE遺伝子に持つ変異は、アルツハイマー病と関連している異常にリン酸化したタウタンパク質の拡散に関与する、アポリポタンパク質Eと糖タンパク質化合物との結合に影響を与えていたとのこと。過去の実験では、アポリポタンパク質Eの変異体が糖タンパク化合物と結合する量が少ないほど、アルツハイマー病との関連性が低いということが発見されています。2つのAPOE遺伝子にChristchurch変異があると、ほとんど糖タンパク化合物がアポリポタンパク質Eの変異体と結合しないと研究チームは述べています。
若年性アルツハイマー病のリスクが非常に高い女性であっても、APOEと糖タンパク化合物の結合が抑えられることでアルツハイマー病を回避できたという今回の事例は、アルツハイマー病に対する新たな治療法を生む鍵となる可能性があります。ミネソタ州の総合病院であるメイヨー・クリニックでアポリポタンパク質Eについて研究するGuojun Bu博士は、今回の発見がアポリタンパク質Eを標的とした治療が、アルツハイマー病の治療に有望である可能性を示唆していると指摘しました。
グラッドストーン研究所でアルツハイマー病を研究するYadong Huang氏は、「研究と治療法開発の両方にとって新しい発見は非常に重要です」と指摘。また、女性にはアミロイドの蓄積が確認されたもののアルツハイマー病の兆候がなかった点を挙げ、「今回の研究は、アミロイドの蓄積が、異常にリン酸化したタウタンパク質の蓄積や神経の変性、認知機能の低下と明確に分離されていることを示す、私の知る限り初めてのものです」と述べました。