2019年11月9日土曜日

「髪がないの、嫌だよ」

「髪がないの、嫌だよ」 見た目問題、初めて見せた娘の涙に母は……

新井舞さんと、次女の優芽ちゃん(新井さん提供)

新井舞さんと、次女の優芽ちゃん(新井さん提供)
顔の変形、アザ、マヒ……。外見に症状がある人たちが学校や恋愛、就職などで苦労する「見た目問題」。とくに子どもが当事者の場合、周囲からの心ない言動に傷つくことがあります。親はそのとき、どんな言葉をかけてあげればよいのでしょうか。円形脱毛症の娘がいる前橋市の新井舞さん(33)は「一緒に泣いて、苦しみを共有する」と言います。今夏、「この顔と生きるということ」を上梓した記者の長男も「見た目問題」の当事者です。親の思いを、尋ねました。

泣きじゃくる娘 頭が真っ白に


新井さんの次女、優芽(ゆめ)ちゃん(9)の頭には、髪の毛がまばらにしか生えていません。円形脱毛症です。免疫の異常で毛髪の組織が攻撃される自己免疫疾患と考えられています。コイン大の丸い形で抜け、自然に治るイメージがありますが、優芽ちゃんのように全身に脱毛が広がる場合があります。

「髪がないの、嫌だよ」。6月、優芽ちゃんがそう言って、泣きじゃくる出来事がありました。

「優芽が脱毛症について『つらい』と口に出したのは、これが初めてでした。聞くと、社会科見学で、他校の子どもに頭に向けて指を差され、笑われたとのことでした」
 
「いつかこんな日が来ると覚悟していました。ドンと受け止めて『大丈夫だよ。ママはかわいいと思っている。大好きだよ』と抱きしめてあげようと思っていました。でも、実際に傷ついた娘を前にしたら、頭が真っ白になり、ただ一緒に泣くことしかできませんでした」

「思わず『気づいてあげられなくてごめんね』と謝ると、優芽は『なんでママが謝るの? やめてよ。ママは悪くないでしょ』と感情をあらわにしました。この子は優しいから。『ごめんね』という言葉も、優芽を苦しめることになってしまった」

髪の毛がまばらにしか生えていない優芽ちゃん(新井さん提供)
髪の毛がまばらにしか生えていない優芽ちゃん(新井さん提供)

子の苦しみを見届けられる親に

2人は数日にわたって、泣き続けました。すると、感情が発散できたのか、優芽ちゃんは明るさを取り戻し、元気に学校に通えるように。以降、脱毛について口にすることはありません。

「理想とは違って、ただ一緒に苦しむことしかできなかったけど、それでよかったと思う。親は、子どもの涙を止めてあげたいし、道を示すようなカッコイイ言葉をかけてあげたくなる。でも、そうでなくてもいい。私は子どもがつらいとき、苦しむ姿から目をそむけずに見届けられる親でありたい」

「優芽が弱さを見せることができる『逃げ場』になれたら。思春期には悩むと思うんです。そのとき、友人や先生、恋人といった存在が、彼女の逃げ場になるのであれば、何もかも親である必要はないと思っています」

優芽ちゃんの髪の毛が抜け始めたのは生後11カ月から。朝起きると、枕に髪の毛がべったりと落ちるようになりました。

「はじめは深刻に考えていなくて、そのうち治るだろうと思っていました。でも病院で処方された薬を塗っても治らなくて、後ろの髪の毛からどんどん抜けていって……。どうすれば治るのか。インターネットにかじりついて、数え切れないほど病院に足を運びました。でも、『こうすれば治る』との情報はどこにもなかった。対処療法はあっても、根本的に治すことはできません。絶望しました」
毎年、夏になると髪の毛が生え出し、1月ごろから抜け始めるという。今年の夏は、例年にない発毛のよさだった
毎年、夏になると髪の毛が生え出し、1月ごろから抜け始めるという。今年の夏は、例年にない発毛のよさだった

「脱毛症=ストレス」に追い込まれて

新井さんを追い込んだのは「脱毛症=ストレス」という固定観念でした。

「私も当初は、ストレスが原因かなと思っていました。でも、円形脱毛症はストレスとは関係なく発症する人も多いんです。ましてや親の育て方は関係ない」

「でも、世間はそう見てくれない。ある病院で看護師に『お母さんが弱気でいると、症状が悪化しますよ』と言われました。スーパーで買い物をしていると、近づいてきた中年女性に『どういう育て方をしているの? はげちゃっているじゃない』としかれました」

新井さんは西洋医学ではなく、針治療に望みをかけました。

「わらにもすがる思いでした。先生も『治る』と言うので妄信しました。保険もきかないので、すべて自腹。一時、症状が改善したように思えたけど、その後、また抜け始めました。それで針治療はやめ、大学病院の脱毛外来に通院することにしました」

頭を「隠さない」との意思を示した娘

脱毛は、かつらで隠すことができます。症状を隠すことを子に勧める親もいます。でも、優芽ちゃんはかつらをかぶらず、「隠さない」生活を送っています。

「私にも『この子のために脱毛を治さなきゃ、隠さなきゃ』という強迫観念があり、眠れない日々を送っていました。でも、優芽が帽子やかつらを『邪魔だ』と嫌がったんです。公園に行っても、優芽は帽子をとりました。私は周囲の視線が気になってハラハラしていました。でも、優芽はお構いなしに元気に遊び回ります。保育園の友だちも、髪のない優芽を受け入れてくれました」

「そんな様子を見て、無理に隠さなくてもいいのではないかと、気持ちがほぐれていきました。小さいながらも『隠さない』との意思を示した優芽を見て、彼女には彼女の人生があるんだと考えられるようになった。『治さなきゃ、隠さなきゃ』という私のこだわりは、実は自分の不安を取り除きたいだけだったと気づきました」

「今は『局所免疫療法』と呼ばれる治療を受けています。薬品を頭に塗るんですが、かゆいし、痛みも伴うようです。治療の成果もあり、夏になると髪の毛が生えだします。でも、1月ごろから抜け始める。治せるなら、今も治したい。でも、『治さなければならない』とまでは思っていません。治療を続けるかどうか、いずれは優芽の意思を尊重しようと思っています。隠すかどうかも、最後は本人の意思次第です」

小学校に入るとき、優芽ちゃんの髪の毛はすべて抜け、まゆげもない状態でした。それでもすんなりと、周りに溶け込んだといいます。新井さんはほかの保護者に「娘は髪がありませんが、健康体で元気です。お子さんにそう説明してもらえると助かります」との手紙を、教師経由で配ってもらっていました。

「娘の頭が気になっても、なかなか遠慮して聞けないじゃないですか。そうすると、『どうしたのかな?』とコソコソ話題にされてしまいます。手紙を読んだ保護者から『自分からは聞けないので、最初に話してくれてありがとう』との反応がありました。手を差し伸べられるのを待つのではなくて、こっちから心を開くことが大切だと考えています」
新井さんは今、小児用のウィッグを販売しています(新井さん提供)
新井さんは今、小児用のウィッグを販売しています(新井さん提供)

小児用ウィッグビジネスに挑む

新井さんは2018年10月から、メーカーと共同開発した子ども用ウィッグ(オシャレ用かつら)を、ネットショップ「Dream Assort」を通して販売しています。蒸れたり、チクチクしたり、重かったりという子どもが嫌がる要素をできるだけ取り除いたウィッグです。

試しにかぶった優芽ちゃんの「これならかぶれる!」との言葉が、ビジネスに挑む決め手になりました。今年10月には「とちぎんビジネスプランコンテスト」(栃木銀行主催)で、賞金100万円の最優秀賞を受賞しました。

「優芽もお出かけのときや、オシャレをしたいときに私が開発したウィッグを使ってくれています。私は今、毎日が充実しています。『優芽ちゃんのおかげで好きなことができていいわよね』『子どもを利用して』と言われることもあるけど、それは違うと思っています。確かに、娘の脱毛症がきっかけで、こういうチャンスに恵まれたけど、発症してよかったとは思っていません。それに、優芽は私のために存在するわけではありません」

「開発したウィッグを当事者の子どもたちに、オシャレのアイテムとして使ってもらえたら。脱毛を隠しても、隠さなくてもいい。それを当事者が選択できる社会になってほしいと思っています」
ビジネスコンテストのプレゼンテーションに挑む新井さん(新井さん提供)
ビジネスコンテストのプレゼンテーションに挑む新井さん(新井さん提供)

取材後記~親も子とともに成長

私の長男(9)も生まれつき顔の右側の表情筋が不形成で、笑顔がゆがむ当事者です。新井さんの話を伺いながら、「わかる、わかる」と何度もうなずきました。

まず親は子ども将来について、強い不安にかられます。私の場合で言えば、「笑顔が大事」とされる社会の価値観の中で、息子が幸せになれるのかという不安です。

新井さんは、髪のない優芽ちゃんが「きっといじめられる。恋愛や結婚もできないかも」と考えたと言います。でも、優芽ちゃんの「(脱毛を)隠さない」との意思にふれ、「治さなきゃ、隠さなきゃ」との思い込みがほぐれていったと言います。私も、息子が屈託なく笑う姿を見て、つくり笑いなんかよりも少々ゆがんでいても感情のこもった笑顔のほうがよほど魅力的であると感るようになりました。当事者の子を育てる中で、親も成長し、考え方をアップグレードさせていきます。

「一緒に泣き、苦しみを共有する」との新井さんの対処法に「なるほど」と心動かされました。別の当事者の子の母親も、子どもがつらいときには「一緒に泣いて、気持ちを発散させる」と言っていました。私なら息子に「そんな心ない言動をするやつのことなんて、気にしなくていいぞ」と理屈で慰めそうな気がします。

何が正しいかなど答えはありませんが、いつか同様の場面に出くわすことになったら、新井さんの経験をヒントにさせてもらいたいと思います。

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