朝を迎える頃には、昨晩飲んだお酒の味なんてもう覚えていやしないだろう。
だが、脳の奥深くにはおぼろげにその記憶が残っており、馴染みの飲み屋のニオイやら喧騒やら光景といったきっかけで蘇る。人がちょっと今夜は一杯やっていくか! となるのはそんなときなのだそうだ。
普通の人でもそうなのだ。飲み会や飲み屋、あるいは友達と遊びに行ったりといったシチュエーションは、アルコール依存症の人ならば飲まずにスルーするなんて相当に難しいことであろう。
お酒は細胞レベルで記憶の形成に影響する
『Nature』(10月23日付)に掲載された米ペンシルベニア大学のガボール・エゲルヴァーリ氏らの研究によると、お酒に関係する記憶はとんでもなく強力なのだそうだ。
お酒の記憶には、お酒を飲んだ場所のニオイや音や光景といった刺激で満ちている。これらは無視するには難しいほどの「お酒を飲みたい!」という欲求を引き起こす。
なぜ、お酒の記憶はそこまで強力なのだろうか? エゲルヴァーリ氏によれば、それはお酒が細胞レベルで記憶の形成に関与しているからなのだそうだ。
体がアルコールを分解する際に飲んだ記憶が形成される
これまでのミバエを使った実験では、アルコールによってある細胞経路が開き、それによって記憶の形成が影響されてしまうらしいことが明らかになっている。
そこで今回の研究グループはマウスを使ってさらに詳しく調べてみることにした。
その結果、体がアルコールを分解することで、最終的にお酒に関する記憶の形成にまで影響が及んでいることが判明した。
お酒を飲むと、体は肝臓でアルコールを分解し、一連の代謝産物に変える。そのひとつが「酢酸塩」なのだが、これは脳がお酒の記憶を作り出すためのレンガのようなものだと考えることができる。
酢酸塩は素早く血液の中に流れ出し、肝臓から脳まで運ばれる。そして脳に到達すると、記憶をつかさどる領域である海馬の細胞に直行する。すると今度は「ACSS2」という酵素が酢酸塩を運び始める。
酢酸塩がレンガなのだとすれば、さしずめACSS2は建築屋といったところだ。ACSS2は酢酸塩を「ヒストン」というDNAが巻きつくタンパク質に積み上げるからだ。
お酒によるメカニズムの変化
こうしたプロセスから示唆されるのは、アルコールがちょっとしたエピジェネティックス(DNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子機能を調節する制御機構)な変化を引き起こし、遺伝子の発現やACSS2の作用を左右しているということだ。これが最終的にアルコールにまつわる強力な記憶の形成をうながす。飲み会に行ったり、友達と出かけたりするとなんだかお酒を飲みたい気分になってしまうのは、こうした記憶が合図になっているからであるらしい。
メカニズムを利用することで飲酒予防効果も
だが、こうしたプロセスをうまく利用してやれば、お酒を飲んだ記憶が強化されないよう予防することもできるようだ。アルコールを用意した飼育箱でマウスを育てた実験では、それが撤去された後もマウスはアルコールが置かれていた場所をウロウロするようになった(「条件付け場所嗜好性」が生じた)。だがこの条件付け場所嗜好性は、脳内のACSS2にも影響を受けることがわかったのである。
ACSS2レベルが通常の範囲内にあるマウスの場合は、その行動も典型的なもので、どちらの部屋に行くか選ばせると、以前にアルコールを飲んだ場所へ向かった。しかしACSS2レベルを下げたマウスでは、そのような嗜好性を見せなかった。
このことは、アルコール関連記憶の形成にACSS2が大きな役割をはたしていることを示唆している。
アルコール依存症の患者など、自分の意思だけではなかなかお酒を断つことができない場合もあるかもしれない。
しかしなんらかの方法で脳内のACSS2に干渉できれば、以前飲んだ記憶のせいでついついお酒に手を出したくならないよう、予防するなんてことも可能かもしれないそうだ。
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