天然痘ウイルスに対する免疫を獲得できる牛痘ウイルスは、18世紀末にイギリスの医学者、エドワード・ジェンナーが種痘(天然痘の予防接種)に用いたことで有名だ。
この牛痘ウイルスが、今度はがん治療に効果を発揮するかもしれないという。
オーストラリアのバイオテクノロジー企業Imugene社が開発した牛痘ベースの改変ウイルスは、がん細胞に感染してそれを破壊するのだとか。
少なくともペトリ皿の中ではあらゆるがん細胞を殺すことができ、マウスを使った実験では腫瘍を小さくすることも確認されたようだ。
来年早々にも人体での治験がオーストラリアで実施される予定らしく、今後の動きに注目が集まっている。
これまでのがん治療法とは異なる発想のウイルス療法
来年早々にも実施される人体での治験は、いわゆるバスケット試験(同じ遺伝子変異が原因ならどのがんでも対象になる試験)が予定されているようだ。
乳がん、黒色種、肺がん、膀胱がん、胃がん、大腸がんの患者が参加し、どのがんに対してもっとも効果的なのか確かめられることになる。
マウスでは効果があるからといって、人間に対してもそうだとは限らない。そのため人体での治験初期フェーズは「死の谷」と呼ばれ、新薬開発の分水嶺となる。
しかし治験を行うユーマン・フォン教授は、ヒトがんに対して効果が証明されたウイルスがほかにもあることから期待できると話している。
たとえば一般的な風邪のウイルスを利用して脳腫瘍を寛解させたケースや、改変ヘルペスウイルスが皮膚がんに治療効果があることが確認されたケースなどである。
今、従来の治療法とは発想の違うウイルス療法の研究が盛んに進められているのだ。
ペトリ皿の中ではあらゆるがん細胞を殺すことができる牛痘ベースの改変ウイルス
改変ウイルスでがん細胞の死滅を確認
フォン教授によると、ウイルスががんに効く可能性は20世紀初頭から知られていたのだそうだ。きっかけとなったのは、狂犬病のワクチン接種を受けた人のがんが消えたことだった。しかし、がんを殺せるほどのウイルスは毒性が強すぎて、人間まで殺してしまう可能性がある。いくらがん細胞を殺せるからといって、助けるべき患者まで死んでしまうのでは本末転倒だ。
そこでフォン教授は、ウシやネコ科動物には水膨れや結節といった症状を引き起こすが、人体には無害な牛痘ウイルスに着目。これをベースに各種ウイルスを混ぜた改変ウイルスを開発した。
改変ウイルスを腫瘍に直接注入すると、がん細胞に感染して自らを複製をする過程でそれを破裂させてしまう。
こうして増殖したウイルスは今度は免疫系を呼び覚ます。すると免疫系もまたがん細胞を見つけ、そこに攻撃をしかける。こうしてがん細胞は死滅する。
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ただし今後、がん細胞がウイルスに耐性を持つ可能性も
200年前、免疫学の父エドワード・ジェンナーは牛痘ウイルスから世界初のワクチンを開発した。これによってやがて天然痘に終止符が打たれたが、はたしてがんにも終止符を打つことになるだろうか?キャンサー・カウンシルのサンチャ・アランダ教授は、がん細胞は非常に賢いのだと話す。それは突然変異で生き残ろうとするまさにダーウィン主義の申し子のようなものなのだそうだ。
そのため化学療法や免疫療法に耐性をつけてしまうのと同じように、ウイルスに対しても耐性を発達させる見込みが高いという。
それでもがん退治の新しい武器になるかどうか試してみる価値はあるとのことだ。
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