2019年12月28日土曜日

社会の構造の問題

「お菓子を配るのは、派遣女子社員の仕事」だった。「男が悪いから」じゃない、社会の構造の問題
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昔々あるところに、ひとりの女性がいました。彼女は大学院の修士課程を終えたばかりで、博士課程に進むべきか悩んだ結果、研究者の道をあきらめ、就職することに決めました。
 ところが、ぐずぐずと決断を先延ばしにしているうちに、すでにほとんどの企業は募集を締め切っており、新卒の枠は受けられそうにありませんでした。そこで彼女は、当面の生活費を稼ぐために、とある総合商社の派遣社員として働くことを決めました。
 募集要項には、英語が話せる女性を求めていること、仕事内容は海外の取引先とのやりとりや書類作成であること、と明記されていました。しかし、実際に仕事を始めてすぐ、仕事はそれだけではないということがわかりました。
 歓迎会が行われ、その席では、「〇〇部長が面接したんでしょ? やっぱりなー〇〇部長のタイプだもん」と中年男性社員に言われるなど、不快な出来事は当初から数々ありました。数々の不快な出来事のひとつが、「派遣社員の女性がお菓子を配る係になっている」というものです。
会社の業種柄、毎週誰かが出張に行っており、そのたびにお菓子の箱を下げて帰ってきます。けれど、お土産を買ってきた営業職の男性たちは、なぜか絶対にお菓子を配りません。「これ買ってきたから」と派遣社員に渡すだけです。
 どうして彼らはお菓子を配らないのか。「自分で配れないなら買わなければいいのに」「契約していた仕事内容と違う」と思いつつも、彼女は毎週、お菓子を配っていました。

日本の労働現場での女性の「軽んじられ方」は、外から見たら異常

 日本の労働現場で些末な頼まれごとをして、「これくらい自分でしたらいいのに」と不満に思ったことがある女性は多いのではないでしょうか。
 フランスの監督兼脚本家で、女性が被る苦難と解放を描いた小説『三つ編み』(早川書房)がベストセラーとなったレティシア・コロンバニは、インタビューで「日本で三つ編みのような物語を書くとしたら?」と問われ、「舞台は労働現場」と即答しています。(※1
 レティシアは、日本企業で男性の上司や同僚のために女性社員がお茶やコーヒーを入れることがあるという事実を知り、ショックを受けたと言います。
「賢い日本男性は当然、自分でお茶やコーヒーを淹れられるはずですよね? そんな簡単なことを敢えて他者にさせる行為には、その相手を軽んじ、服従させるという精神性が表れています」
「小さな習慣にも、それを毎日生きる女性たちには『自分の価値を下げられている』という意味が含まれているのだと、伝えたいと思います」
 「あえて雑務をさせることで服従させられている」「自分の価値を下げられている」、それこそまさに、冒頭で記した“昔々あるところに”のお話で派遣社員の女性が感じたことだったのです。
 自分が派遣社員だから軽く扱われていると感じるとともに、女性だから下に見られているということも、彼女は敏感に感じ取っていました。
 なぜなら、その会社では事務職は正規・非正規に関わらず100%女性しか採用しておらず、ある女性が「自分の弟を事務職に」と推薦したところ、「男性にしては給与が安いから」と、面接すらしていないことを知っていたからです。

「敵は男性ではなく、社会の構造だ」

 女性だからという理由で軽んじられたり、損な役回りを押し付けられたりした経験は、派遣社員でなくても一度や二度はあるでしょう。『三つ編み』は、女性だからという理由で様々な抑圧や差別を受けている三人の女性が主人公です。
・インドのスミタ
 インド人のスミタは不可触民で、上位カーストの家をまわり、素手で排泄物を集めることを仕事としています。娘のラリータには、この仕事を継がせまいと奮闘しますが、うまくいきません。
 スミタは代々受け継がれた仕事を放棄して別の場所でやり直したいと思いますが、同じ不可触民の女性が逃げようとしてレイプされた事件を知っていたため、安易には行動に移せません。ここでは、レイプはレイプされた側の罪であり、誰も助けてはくれないのです。
・イタリアのジュリア
 イタリア人のジュリアは、父が経営する毛髪工場の作業場で働いていますが、ある日、父が交通事故にあい、昏睡状態に陥ります。
 さらに、順調だと思っていた工場経営も実は赤字で、倒産寸前だという事実が発覚。「男を立てる」伝統的な男女観を持ったジュリアの母は、一族を守るために、金持ちの息子と結婚するようジュリアに勧めます。
・カナダのサラ
 カナダ人のサラは、やり手の弁護士です。ガラスの天井をものともせず、シングルマザーとして3人の子どもの世話をしながらバリバリ働いてきました。
 子どもをベビーシッターにあずけることには罪悪感はありますが、勝ち取ってきたキャリアには自信があります。しかし乳がんを宣告されてから、すべてが変わりはじめます。
 妊娠したことで降格になった女性弁護士がいることを知っていたサラは、妊娠中、ギリギリまで妊娠している事実を隠し通していました。病気も同じように隠そうとするのですが、結局バレてしまい、そこから周囲の態度は徐々に、しかし確実に変化していきます。
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 最初はバラバラに見える三人の物語は、『三つ編み』というタイトル通り、髪が編まれていくように、次第に繋がっていきます。構成力も見事で、終盤、パズルのピースがピタッとはまったような爽快感が得られる作品です。
 女性の自立や解放を描いているためフェミニズム小説に分類されることも多い本作。フランス本土では、100万部以上のベストセラーになり、32の言語で翻訳・出版されています。
 私は、多くの読者から賞賛される作品になり得た理由のひとつに、「男性が嫌悪を感じない内容になっているため、男女両方から支持を得ることができたこと」が挙げられると考えます。
 どこの国にも、フェミニズムとかフェミニストという言葉を聞いただけで、拒否反応や嫌悪感を示す男性はいます。その嫌悪は、フェミニストとは「男性の既得権益を奪おうとしている人」で「男性嫌いで男性を攻撃してくる人」である、という勘違いをしているために現れる感情なのだと思います。
 『三つ編み』は、女性であるがゆえの苦しみを明確に描きつつも、そういったフェミニズムへの誤解を排除することに成功しています。
 3人の女性の物語中には、ずる賢く人を蹴落とそうとする女性も出てきますし、スキルの高いベビーシッターの男性や、愛情深くヒロインに寄り添い心の支えとなる男性も出てきます。世の中を男と女に単純化して、男性を敵だとみなすような視点は、この小説には皆無。悪も善も性別には関係ないことが明示されています。
 主人公の女性たちが苦しんでいるのは、「男が悪いから」ではなく、「社会の構造の問題」なのです。

慣習に疑問を持ち、現状を変えていく方法

 冒頭のお話の続きです。派遣社員の女性は、数カ月お菓子を配り続けましたが、やはりおかしい、という気持ちは拭えませんでした。
 そこで上司に「お菓子は配るのではなく、一箇所に置いて、そこから食べたい人がとる、という形にしたらどうでしょうか?」と提案すると、その後、一切お菓子を配る必要はなくなったのです。
 喜ばしいことでしたが、彼女は契約満了前にクビを言い渡されてしまいます。理由は……忘れました。お菓子のことは関係ないと思います。たぶん。
 しかし解雇されたことは、彼女にとってラッキーな出来事でした。その後、自分の適正を見つめ直し、結果的に好きな本を紹介するライターになれたので、人生万事塞翁が馬ですね。
 「派遣女子だけがお菓子を配る風習をやめたい」と上司に言えたのは、ふたつの理由があります。ひとつは、その会社にずっといる人間ではなかった、ということ。ずっとそこで事務員として生きていく予定の正社員なら、お菓子配りが嫌でも「波風立てたくないし」となかなか言い出せなかったかもしれません。
 もうひとつの理由は、「これが当たり前だし、仕方ないんだ」と思わなかったからです。「これはおかしいし、変えるべきだ」と強く思えたからこそ、行動に移すことができました。
 「これはおかしい」と思えたのは、日本にある構造的な男女差別や、経済面・政治面でとくに大きい男女格差について、知識を得ていたから。理不尽な不平等に、怒りを感じていたのです。
 構造的な差別を、「伝統だから」「合理的だから」「生き物として自然だから」などと肯定する声に、耳を傾ける必要はありません。行動次第で現状を改善できる可能性があるという勇気を持つことができれば、「ただ慣習に従うだけ」の状態から脱せるかもしれません。
 まずは「どのような差別があり、どのように立ち向かってきた人がいたのか」を学ぶと、慣習を疑い、構造的な差別に立ち向かう勇気を得ることができます。
 『三つ編み』には、3つの大陸でみられる構造的な差別と、悩み苦しみながら現状を打ち破る強さを獲得していく女性たちの軌跡が描かれています。「何か変だ」「女性だからという理由で軽んじられている気がする」「でも私が何かしたところで、何も変わらないだろう」――あなたがそんな風にモヤモヤを感じているなら、一歩踏み出す勇気を得られる一冊だと思います。

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